
マイクラで現代日本の都市をつくるときによく悩むのが「街区や道路をどのくらいの大きさにすればいいのか」という問題です。
建物の大きさは決められても、道路を何ブロックにするのか、道路と道路の間をどのくらい空けるのか、住宅地と商業地で街の細かさを変えるのか――と考え始めると、基準が必要になります。
そこでこの記事では、日本の都市に見られる街区や街路の寸法を参考にしながら、マイクラで現代日本の都市をつくるときに使いやすい寸法を考えていきます。
1:まず知っておきたい街区と街路の寸法
「街区」と「街路」とは?

まず、この記事で使う言葉を簡単に確認しておきましょう。
街区とは、道路によって囲まれた建物・敷地のまとまりのことです。例えば、道路に囲まれた一つの四角形の範囲が一つの街区です。一方、街路は、都市の中を通る道路のことです。
つまり、街路が街区をつくり、街区の中に建物や敷地が入るという関係になります。
マイクラでも基本的には同じで、道路を配置する → 道路に囲まれた街区ができる → 街区の中に敷地や建物を配置するという順番で考えることができます。
まず使える街区・街路寸法
日本の都市では、住宅地・商業地・工業地などによって街区の大きさが異なります。マイクラで現代日本の都市をつくる場合、まずは次の数値を街区サイズの目安にすると扱いやすいでしょう。
| 土地利用 | 街区の短辺 | 街区の長辺 | 使い方のイメージ |
|---|---|---|---|
| 住宅地 | 30〜50m | 80〜120m | 戸建て住宅を並べる一般的な住宅街 |
| 商業地 | 40〜60m | 80〜120m | 商店・店舗・中小ビルなどが集まる市街地 |
| 工業地 | 100m級以上 | 100m級以上 | 工場・倉庫・事業所などが立地する地区 |
街路についても、すべてを同じ幅にするのではなく、道路の役割によって幅を変えることが重要です。現代の都市を再現する場合は、次のような階層を設定すると分かりやすくなります。
| 道路の種類 | 幅員の目安 | 主な役割 |
|---|---|---|
| 区画道路 | 6m前後 | 街区内部の住宅・店舗へのアクセス |
| 補助幹線道路 | 12m前後 | 地区内の交通を集める |
| 幹線道路 | 20m前後 | 地区と地区を結ぶ主要道路 |
| 大幹線道路 | 30m前後〜 | 都市の主要な交通軸・広幅員道路 |
もちろん、すべての道路をこの4種類に分類する必要はありません。例えば住宅街なら幅6m程度の道路を中心にし、駅前だけ幅12〜20mの道路を入れる、といった使い分けでも十分です。
「数字がいろいろあって逆に迷う」という場合は、最初から細かく考える必要はありません。まずは次の数字を使ってみてください。
街区:40m × 100m
区画道路:幅6m
補助幹線:幅12m
幹線道路:幅20m
なぜこのくらいの寸法なのか?
日本の都市を見てみると、古代の計画都市や城下町、開拓都市や近現代のニュータウンなど、それぞれ異なる時代・目的の都市で、さまざまな街区と街路の寸法が使われてきました。
また、街路についても、住宅地の細い道路から都市を横断する広幅員道路まで、役割に応じて幅員が変化しています。
つまり、ここで示した数字は、日本都市に実際に存在してきたさまざまな寸法を参考にしながら、現代日本の都市づくりに応用しやすい範囲として整理したものです。
詳しい歴史的な都市類型や、それぞれの街区・街路の寸法については、次章以降で紹介します。
数字は「正解」ではなく「出発点」
ここで示した40m×100mや6m、12m、20mという数字は、日本の都市を再現するときの「正解」ではありません。あくまで、「とりあえずここから始めれば、日本の都市らしい街区・街路をつくりやすい」という出発点です。
実際の都市では、歴史的な道路、鉄道、河川、地形、行政区域などによって街路が曲がったり、街区の大きさが変わったりします。
そのため、最終的にはすべての街区を同じ大きさにする必要はありません。むしろ、同じ都市の中に大小さまざまな街区や、幅の異なる道路が存在することで、実際の都市らしい複雑さが生まれます。
1章のまとめ
まず覚えておきたい数字は、次の程度です。
| 項目 | おすすめの目安 |
|---|---|
| 住宅地街区 | 40m × 100m程度 |
| 商業地街区 | 40〜60m × 80〜120m程度 |
| 工業地街区 | 1辺100m級以上 |
| 区画道路 | 幅6m前後 |
| 補助幹線道路 | 幅12m前後 |
| 幹線道路 | 幅20m前後 |
| 大幹線道路 | 幅30m以上 |
この数字を覚えておけば、まずは街区と街路の大まかな骨格をつくることができます。では、なぜ日本の都市にはこのような街区・街路が生まれたのでしょうか。
次章からは、古代都城、城下町、宿場町、港町など、日本の歴史的な都市がどのような街区・街路を持っていたのかを見ていきます。そこから、現代日本の都市へとつながる街づくりの考え方を整理していきます。
なお、日本のさまざまな都市のタイプについてまだよく知らないという方はこちらから見ることをおすすめします。

2:近世以前の都市の街区・街路
日本の都市は、古代から現代まで、同じ方法でつくられてきたわけではありません。国家によって計画された格子状の都市もあれば、城を中心に街路を組み立てた城下町、街道に沿って発達した宿場町、港や河川を利用して形成された港町など、都市が生まれた背景によって、その街区や街路の形も大きく異なります。
こうした違いは、現在の都市の街並みにも残されています。街区の大きさや形、街路の幅や配置を見ていくと、その都市がどのような過程で形成されてきたのかを読み取ることができます。
ここでは、代表的な都市を都市類型の中の事例として取り上げ、それぞれの都市がどのような特徴を持つのかを簡単に紹介しながら、街区・街路の寸法を比較してみます。
古代都城

日本における大規模な計画都市の代表が、藤原京・平城京・平安京などの古代都城です。これらの都市では、道路を格子状に配置し、その内部に宅地を配置する計画が採用されました。
その基本的な単位となったのが「町」です。
街区・街路の寸法例
| 都市 | 基本単位 | 街区寸法 | 街路幅 |
|---|---|---|---|
| 藤原京 | 1町 | 約133m四方 | 朱雀大路約24m、一般大路約16m、小路約7m |
| 平城京 | 1町 | 約133m四方 | 朱雀大路約75m、一般大路約18m前後、小路約4~7m |
| 平安京 | 1町 | 約120m四方 | 朱雀大路約84m、一般大路約24m前後、小路約12m |
古代都城では、大きな格子 → 町 → 宅地という階層的な都市構造がつくられていました。
ここで注目したいのが、1町が120~130m程度だったことです。これは前章で示した「街区長辺100m前後」というマイクラ向けの寸法と比較的近いスケールです。
もちろん、古代都城の「町」と現代住宅地の街区は同じものではありません。しかし、100m前後の街区は、日本の都市空間において歴史的にも珍しい大きさではないということは分かります。
また、大路と小路のように道路幅にも階層がありました。広い道路と狭い道路を組み合わせて都市を構成するという考え方は、現代の道路階層にも通じるものです。
城下町

中世末から近世にかけて全国各地に形成された城下町は、古代都城よりも多様な都市形態を持っています。城下町では、城郭、武家地、町人地、寺社地、濠、河川、街道などを組み合わせて都市をつくる必要がありました。そのため、全国共通の街区規格があったわけではありません。
むしろ、都市の目的や地形、城郭の配置などによって街区の大きさや形が変化したと考えるべきでしょう。
街区・街路の寸法例
| 都市・地区 | 街区寸法(町人地) | 街路幅 |
|---|---|---|
| 大坂・船場 | 40間四方、約78m四方 | 約4間、7m前後 |
| 名古屋 | 50間四方、約91m四方 | 主要道9m、その他5m |
| 江戸 | 60間四方、約120m四方 | 主要道18m、その他5m |
※「間」は時代・地域によって基準が異なるため、メートル換算は概算です。京間1間=1.91m、江戸間1間=1.82m
城下町では、1辺80~120m程度の幅を持った街区スケールだったと考えると良いでしょう。
ただ、城下町では、街区を単純に同じ大きさで並べればよいわけではありません。例えば町人地では、商業活動を行うための比較的細かな敷地が必要になります。一方、武家地では大名屋敷などの大規模な敷地が配置されるため、町人地とは異なるスケールになります。
マイクラで考えるなら、都市全体を100m四方に統一するのではなく、中心部・住宅地・大規模施設などで街区のスケールを変えることにつながります。

宿場町

城下町とは異なる形で発達したのが宿場町です。宿場町では、最初から面的な街区を計画するというより、街道に沿って町並みが形成されるという特徴があります。
街道沿いに本陣、脇本陣、旅籠、商家などが並び、その背後に宅地や裏通りが形成されます。そのため、宿場町では、街道 → 短冊状の宅地 → 裏通り → 後背地という構造で考えると分かりやすいでしょう。
街区・街路の寸法例
| 要素 | おおよその目安 |
|---|---|
| 街道 | 幅約6~10m |
| 裏通り | 幅約4~6m |
| 路地・小路 | 幅約2~4m |
| 横道の間隔 | 数十m~100m程度まで幅がある |
| 宅地 | 街道に対して細長い短冊状 |
宿場町では、横道や裏通りが必ず一定間隔で配置されるわけではありません。
敷地の奥行き、水路、寺社、地形などによって配置が変化するため、「50mごとに横道を入れる」といった固定的なルールとして扱うのは適切ではありません。
マイクラで宿場町をつくるなら、むしろ、一本の街道を先に設定し、その両側に細長い敷地を並べるところから始めるほうが、歴史的な構造を再現しやすくなります。
港町


港町は、港湾や河川を利用した交易・物流を中心として発達した都市です。宿場町が街道を軸として形成されるのに対し、港町では港と市街地をどのように結びつけるかによって、街路や街区の構成が大きく変わります。
海岸線に沿って市街地が発達する場合もあれば、港を中心として碁盤状の町割が形成される場合もあります。また、河川や砂丘、丘陵などの地形条件によって街路が曲がったり、街区が不整形になったりすることもあります。
そのため、港町には全国共通の街区規格はなく、港・海岸・地形との関係を見ることが重要です。
街区・街路の寸法例
港町では、商人や船主、問屋などの商業・物流機能が集まるため、街道沿いの町と同じように間口の狭い細長い敷地が並ぶ場合があります。
| 都市 | 街区・街路の特徴 | 街区寸法 | 街路幅 |
|---|---|---|---|
| 函館 | 港と地形に加え、後の防火改造が影響 | 地区により異なる | 6~20間、約11~36m |
| 酒田 | 碁盤状の計画的な町割 | 60間×40間 約115m×77m | 5間 約9m |
| 新潟 | 細長い敷地と背割り | 90間前後×50間 約158m前後×88m | 5間 約9m |
| 神戸 | 港・居留地・山手で構成が異なる | 地区により異なる | 12~27m(居留地) |
| 堺 | 港と商業地を結ぶ直線的な街路 | 60間×12間 約118m×24m | 2~5間 約3.6~9m |
| 博多 | 長方形・短冊型の町割 | 60間×120間 約119m×238m | 3間前後 約5.5m |
一方、計画的に整備された港町では、比較的整った矩形街区が形成されることもあります。例えば酒田では、近世以来の町割に約60間×40間の街区が見られ、博多では約60間×120間の長方形街区が基本となる地域があります。
街路についても、港と市街地を結ぶ主要道路と、街区内部の細街路が組み合わされます。酒田のように直交する道路によって整った格子状の町割を持つ都市もあれば、新潟のように通りと小路を組み合わせ、細長い敷地が連続する構成もあります。また、神戸や函館のように、海岸線・港湾・斜面などの地形条件が街路構成に強く影響した都市もあります。
このように、同じ港町でも、細長い町屋敷を積み重ねるタイプと比較的大きな矩形街区を面的に並べるタイプなど、異なる構成が見られます。
港町は一つの「型」に分類するよりも、港・海岸線・地形・町割のどれが都市の骨格を強く決めているかを見る方が適切です。
3:近代都市計画の街区・街路
近代になると、城下町・宿場町・港町などの町割を引き継ぎながら、新しい街区・街路のつくり方が登場します。
北海道の開拓、耕地整理、土地区画整理、郊外住宅地の開発、震災復興などでは、道路だけでなく、街区・宅地・水路・公園などを計画的に組み合わせて市街地をつくる考え方が発達しました。また、都市化・工業化に伴い、住宅・商業・工業などの土地利用を整理するゾーニングも導入されます。
このように近代の都市計画は、近世から続く都市を引き継ぎながら、新しい街区・街路・土地利用によって都市を拡大・再編していく過程として見ることができます。
ここでは、現代の日本都市につながる代表的な計画を取り上げ、その特徴を見ていきます。
なお、近代以降の都市のタイプについてまだよく知らないという方はこちらから見ることをおすすめします。

開拓都市

明治期以降の北海道では、開拓にともなって新しい都市が計画的に建設されました。
札幌・旭川・帯広などでは、街路を格子状に配置し、一定の大きさの街区を連続させるという、非常に規則的な都市構造がつくられています。
街区・街路の寸法例
| 都市 | 街区寸法 | 街路幅 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 札幌 | 60間四方 約109m四方 | 基本11間 約20m | 規則的な格子状都市 |
| 旭川 | 60間 約109m四方 | 10間 約18m | 条・丁目型のグリッド |
| 帯広 | 市街地60間四方、周辺300間級 約109m四方、約545m | 基本11間 約20m | 市街地と農地の二層構造 |
開拓都市では、大きな土地の区画 → 市街地の街区 → 街路という、複数のスケールを重ねた計画を見ることができます。街区は1辺約109m、街路幅は18~20mであったと考えると良いでしょう。
開拓都市の大きな特徴は、既存の市街地を少しずつ改造するのではなく、何もない土地に都市の骨格を先に描くことができた点です。
そのため、街路が直交し、同程度の大きさの街区が連続する、現在の都市にもよく見られるグリッド状市街地が形成されました。
耕地整理


近代化によって都市が拡大すると、それまで農地だった場所が市街地へ転換されるようになります。その過程で重要となったのが耕地整理です。
耕地整理は、本来は農地の生産性を高めるために、土地の区画、農道、用排水路などを整理するものでした。
しかし、都市周辺では、整理された農地が後に宅地化されることで、近代市街地の街区や道路の骨格を生み出す基盤にもなりました。
街区・街路の寸法例
| 項目 | 目安・事例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 耕地区画 | 60間・約108m | 整形された大きな区画 |
| 区画道路 | 2間・約3.6m | 農地へのアクセス |
| 幹線道路 | 8間・約14.4mの事例 | 地区全体を接続 |
| 水路 | 用水・排水を配置 | 土地利用と一体的に整備 |
戦前の耕地整理では、都市の街路と比べると道路幅はかなり狭く、3~4m程度の道路も多く見られました。
一方で、区画そのものは100m前後の大きな単位となる場合があり、後の宅地化によって、この大きな区画の内部に新しい道路が追加されることもありました。
ここで重要なのは、街区を単純に「道路で囲まれたブロック」として見るのではなく、土地+道路+水路を一体として計画していたことです。この考え方は、後の都市計画にも引き継がれていきます。
土地区画整理


都市化が進むと、農地を単純に宅地へ変えるだけでは、道路や公共施設が不足してしまいます。そこで発達したのが土地区画整理です。
土地区画整理では、土地の形を整えながら道路などの公共施設を配置し、住宅地や商業地として利用しやすい市街地を形成していきます。
特に昭和8年(1933)の「土地区画整理設計標準」以降は、道路幅員についても一定の考え方が示され、近代的な市街地形成の基準がより明確になりました。
ただし、この1933年の制度そのものを詳しく覚える必要はありません。ここでは、耕地整理のような農地中心の区画から、道路を中心とした都市的な街区形成へ移っていったと理解すれば十分です。
街区・街路の寸法例
| 用途・道路 | 目安 |
|---|---|
| 住宅地の区画道路 | 幅6m以上 |
| 短い分岐道路 | 幅4mまで可 |
| 商業・工業地の区画道路 | 幅8m以上 |
| 住宅地街区 | 短辺30~50m × 長辺80~120m程度 |
戦前の耕地整理では3.6m級の道路が見られましたが、土地区画整理では6m級の区画道路が基本となっていきます。
つまり、農地のための道路 → 都市のための道路へと、道路の役割そのものが変化していったと見ることができます。
田園都市

近代都市計画では、すべてを碁盤目状にする考え方だけが発達したわけではありません。都市の過密化や衛生問題を背景として、郊外にゆとりのある住宅地を計画する田園都市・計画住宅地も登場しました。
代表例として、田園調布、常盤台、千里山、大美野などがあります。
街区・街路の特徴
| 地区 | 街路パターン | 街区・宅地の特徴 |
|---|---|---|
| 田園調布 | 放射・環状 | 扇形・不整形の街区、大きな宅地 |
| 常盤台 | 放射・同心円 | 100坪前後の宅地、曲線道路 |
| 千里山 | 曲線・地形適応型 | 地形に合わせた住宅地 |
| 大美野 | 曲線・計画住宅地型 | ゆとりある宅地 |
田園都市では、街区をすべて同じ大きさにすることよりも、道路の曲線、宅地の広さ、緑地、駅との関係などを組み合わせて住宅地全体を計画することが重視されました。
そのため、ここでは「○m四方の街区」という数字だけでは、その特徴を十分に説明できません。
近代都市計画には均質なグリッドをつくる方向だけでなく、土地条件や住宅地の環境に合わせて街路・街区を変化させる方向もあったのです。
震災復興


1923年の関東大震災後には、東京を中心として大規模な復興事業が行われました。ここで大きく発展したのが、道路を階層的に組み合わせる考え方です。
それまでの街路は、個々の町や街区を結ぶものとして考えられることが多かったのに対し、震災復興では、幹線街路 → 補助線街路 → 区画道路というネットワーク全体を考えて都市を再構成するようになります。
街路の寸法例と計画の特徴
| 道路階層 | 寸法・特徴 |
|---|---|
| 幹線街路 | 22m以上の実現例 |
| 補助線街路 | 11m以上 |
| 区画整理街路 | さらに細かな道路網 |
| 公園・広場 | 街路と一体的に配置 |
帝都復興では、当初には40間級、約73mの非常に広い幹線道路構想もありました。しかし、事業費などの問題から計画は縮小され、最終的には22m以上の幹線街路などへ整理されました。
重要なのは、個々の道路幅そのものよりも、広い道路を都市の骨格として配置し、その内部をより細かな道路で分割するという考え方が明確になったことです。
さらに、道路だけではなく、公園・広場・橋梁・河川・下水なども含めて都市基盤を一体的に整備しました。

4:戦後都市計画の街区・街路
第二次世界大戦後、日本では、高度経済成長や人口増加、産業の発展に対応するため、都市をより大きな単位で計画的に整備する動きが進みました。
戦災を受けた都市では、復興を機会に街路・街区・公園などが再編されました。また、都市の拡大にともない、郊外にはニュータウンや住宅団地、工業団地などの計画的な市街地もつくられていきます。
こうした計画では、住宅・商業・工業などの土地利用を整理しながら、幹線道路・区画道路・公園・緑地などを組み合わせて都市を構成する考え方が強まりました。
ここでは、戦災復興・工業団地・ニュータウンを取り上げ、それぞれの街区・街路の特徴を見ていきます。
戦災復興


第二次世界大戦によって、日本の多くの都市が大きな被害を受けました。戦後には、これらの都市を再建するために戦災復興都市計画が進められます。
その基本的な考え方は、単に焼けた建物を建て直すことではありません。焼失した市街地を利用して、幹線道路・公園・区画道路・宅地などを改めて配置し直すことでした。
街路の寸法例
| 道路・施設 | 代表的な規模・考え方 |
|---|---|
| 大規模な都市軸 | 50m以上となる例もある |
| 幹線街路 | 36~50m級の計画 |
| その他の幹線街路 | 25~36m級 |
| 区画道路 | 4~6m級 |
| 公園・緑地 | 街路と一体的に配置 |
戦災復興では、大都市で50m以上、中小都市で36m以上といった広幅員街路が計画上の基準として示されました。ただし、これらがすべてそのまま実現したわけではありません。
財政的な制約などから計画は縮小され、実際の都市では22~36m程度の幹線道路などが多く整備されています。重要なのは、都市の中に明確な道路階層を設けたことです。

戦災復興の代表例の一つが広島です。広島では、復興都市計画の中で100m幅の平和大通りが計画されました。これは単なる広い道路ではなく、道路・緑地・歩行空間などを組み合わせた大規模な都市軸です。
| 要素 | 規模・特徴 |
|---|---|
| 平和大通り | 約100m |
| 主要街路 | 500~600m程度の間隔 |
| 内部道路 | より細かな道路網 |
| 都市構造 | 大規模な都市軸+街区 |
また、主要な街路を500~600m程度の間隔で配置し、その間をより細かな道路で結ぶ構成が計画されました。
これは、近代の震災復興で発達した「大きな道路を骨格にして、その内部を細かな道路で構成する」という考え方を、さらに大規模に展開したものと見ることができます。
戦災復興区画整理
戦災復興では、幹線道路だけでなく、その内部の街区も整理されました。ここで重要になるのが土地区画整理です。
戦災復興の街区には全国共通の一律寸法があったわけではありません。都市の規模、既存市街地、地形、道路計画などによって変化します。
また、既存の道路や敷地をそのまま復旧するのではなく、計画された道路網に合わせて土地を再配置することで、道路に面した宅地を新たにつくっていきました。
したがって、ここでは特定の数字を「標準」として覚えるより、大きな道路によって都市を分け、その内部を区画道路で細分化するという構造を理解することが重要です。

工業団地

戦前の都市では、工業地は現在のような工業団地として整備されていたわけではありません。用途地域制度によって工場を一定地域にまとめ、住宅地などとの混在を抑えることが主な役割でした。
1950年代半ば以降になると、工場の大型化や高度経済成長を背景に、工場用地だけでなく、道路・鉄道・港湾・工業用水・上下水道などを一体的に整備する工業団地が全国へ広がっていきます。
工業団地では、住宅地よりも大きな土地利用単位を設定し、工場への搬入・搬出や大型車両の通行を考慮して道路を配置します。そのため、街区・道路ともに住宅地より大きなスケールとなる傾向があります。
工業団地は、立地条件によって大きく次のように分けて考えることができます。
| 類型 | 主な立地条件 | 街区・敷地の特徴 | 道路の特徴 |
|---|---|---|---|
| 臨海型 | 港湾・埋立地 | 非常に大きな街区・敷地 | 大型車・物流を重視した広幅員道路 |
| 内陸型 | 高速道路・幹線道路・鉄道 | 大きな工場用地を組み合わせる | 幹線道路から工場へアクセスする階層構成 |
| 都市近郊型 | 既成市街地周辺・交通結節点 | 中小工場を含む比較的小規模な区画もある | 6〜12m級を中心に工場規模に応じて設定 |
臨海型では、港湾・工場・倉庫・専用鉄道などを一体的に計画するため、特に大規模な都市骨格になります。一方、内陸型では道路や鉄道へのアクセスを重視しながら、比較的柔軟な区画構成が採用されます。
街区・道路の寸法例
工業団地には全国一律の街区寸法はありませんが、住宅地と比較すると大きな街区が設定されます。一般的な開発基準などを参考にすると、次のような寸法感を持つことができます。
| 項目 | おおよその寸法 | 特徴 |
|---|---|---|
| 工業街区 | 100m級以上 | 工場建物・駐車場・資材置場などをまとめる |
| 区画道路 | 幅6m前後 | 工場へのアクセスを確保 |
| 補助幹線 | 幅9m前後 | 工業団地内部の主要な交通を処理 |
| 幹線道路 | 幅12m以上 | 大型車・物流交通を処理 |
| 大規模臨海工業地 | さらに大規模 | 港湾・倉庫・鉄道などを含めて計画 |
ここで示す寸法は、工業団地に共通する厳密な基準ではありません。工場の規模や業種、物流方式によって大きく変化するため、「住宅地より大きな街区と、階層化された道路を組み合わせる」ことを理解するための目安として見るとよいでしょう。
工業団地では、単純に工場を並べるのではなく、工場を支える交通・インフラまで含めて計画することが重要です。
- 大きな工場用地をまとめる
- 幹線道路から工業団地へアクセスする
- 大型車両が工場へ出入りできる道路を確保する
- 工業用水・上下水道などを整備する
- 住宅地との間に緑地などの緩衝空間を設ける
- 必要に応じて鉄道・港湾などの物流施設と接続する
このため、工業団地では住宅地のような細かな街路網よりも、大きな街区を幹線・補助幹線で結ぶ骨格的な構成が基本になります。
ニュータウン

戦後になると、都市への人口集中と住宅需要の増大に対応するため、都市の郊外に大規模な住宅地を計画的に建設するニュータウンが登場します。
ニュータウンは、単に住宅を大量に建設した郊外住宅地ではありません。道路、公園、学校、商業施設、公共施設などを一体的に計画し、一つの生活圏を形成することが大きな特徴です。
代表的なものとして、千里ニュータウン、多摩ニュータウン、港北ニュータウンなどがあります。
住区という単位
ニュータウンでは、都市全体をいくつもの住区に分け、それぞれに住宅・学校・公園などを配置する考え方が採用されました。
例えば多摩ニュータウンでは、約2,884haの区域を21の住区に分け、1住区をおおむね100ha程度のまとまりとして計画しています。
ここで重要なのは、住区と街区は別のスケールであることです。街区が道路に囲まれた一つ一つのまとまりであるのに対して、住区は複数の街区と住宅、学校、公園などを含む、より大きな生活単位です。
したがって、ニュータウンでは、都市 → 住区 → 街区 → 宅地という複数のスケールで市街地を計画することになります。
道路も一律に配置するのではなく、役割によって階層化されました。大きく見ると、幹線道路→補助幹線道路→区画道路という構成です。
幹線道路はニュータウンと周辺地域を結び、補助幹線道路は住区間を結び、区画道路は住宅地内部へのアクセスを担います。
このように道路の役割を分けることで、住宅地内部に通過交通が入り込むことを抑え、安全で静かな居住環境をつくろうとしました。
公園・緑地・歩行者空間
ニュータウンのもう一つの特徴は、道路以外の公共空間も都市構造の一部として計画したことです。
公園や緑地を住宅地の中に配置し、それらを歩行者専用道路や緑道によって結ぶことで、住宅・学校・商業施設などを徒歩で移動できるように計画しました。
特に港北ニュータウンなどでは、道路網だけではなく、緑地と歩行者ネットワークを組み合わせた都市構造が形成されています。
これは、それまでの「道路で街区を区切る」という都市計画から、道路・住宅・公園・緑地・歩行者空間を一体として計画するという考え方への発展と見ることができます。
街区も用途によって変わる
ニュータウンでは、すべての街区を同じ大きさにするわけではありません。戸建て住宅地では比較的細かな街区を配置する一方、集合住宅、公園、学校、商業施設などには大きな敷地を確保します。
そのため、ニュータウンの市街地には、
- 戸建て住宅の細かな街区
- 集合住宅の大規模な敷地
- 学校などの公共施設
- 商業施設
- 公園・緑地
が組み合わさります。これは均質な街区を繰り返す都市構成とは大きく異なるものです。
5:マイクラで街区と街路をつくってみよう
ここまで、さまざまな都市タイプの街区や街路について、実際に見られる寸法を見てきました。では、これらの数字をマインクラフトの都市づくりにどのように活かせばよいのでしょうか。
大切なのは、最初からすべての道路や建物の位置を決めてしまうことではありません。都市の骨格をつくり、そこから細かな街区や建物へと落とし込んでいくことがポイントです。
① まず都市の中心を決める
最初に、その都市の中心となる場所を決めます。
例えば、城下町なら城や旧市街、近代都市なら駅、港町なら港などです。もちろん、現代の都市では複数の中心が存在することもあります。
「この都市では、なぜここに人が集まるのか?」を考えて中心を設定すると、その後の道路や土地利用も決めやすくなります。
② 次に幹線道路をつくる
中心が決まったら、そこへ人や物が集まるための幹線道路を配置します。
道路はすべて同じ幅にする必要はありません。例えば、
- 生活道路:5~8m程度
- 補助幹線道路:10~15m程度
- 幹線道路:20m程度
- 大規模な主要道路:30m以上
といったように、道路の役割に応じて幅を変えてみましょう。
マイクラでは1ブロックをおおむね1mとして考えれば、6ブロック、12ブロック、20ブロックなどに置き換えることができます。
ただし、これは絶対的な基準ではありません。都市の規模や景観に合わせて調整してください。
③ 都市をいくつかの地区に分ける
幹線道路ができたら、その道路によって都市をいくつかの地区に分けてみましょう。
例えば、中心市街地/住宅地/工業地/新興住宅地/旧市街地といった具合です。
地区ごとに街区の大きさや道路幅を変えると、都市全体に変化が生まれます。
例えば、中心市街地では40~60m程度の比較的小さな街区を密集させ、郊外の住宅地では80~120m程度の街区を設定する、といった方法があります。
④ 街区をつくる
地区が決まったら、いよいよ街区をつくります。
迷ったときの出発点としておすすめなのが、40m×100m程度の街区です。
これは特定の都市をそのまま再現した数字ではありません。日本のさまざまな都市に見られる街区規模の中間的な値として扱いやすく、住宅地や商業地などにも応用しやすい寸法です。
もちろん、すべての街区を40×100mにそろえる必要はありません。
商業地なら40~60m程度、住宅地なら50~100m程度、工業地なら100m以上など、土地利用に応じて大きさを変えてみましょう。
⑤ 街区の中に敷地と建物を配置する
街区ができたら、その中をさらに敷地へ分割して建物を配置します。
例えば、商店街なら道路に面して細長い敷地を並べ、住宅地なら一戸建てを中心に比較的小さな敷地を配置します。一方、大型商業施設や工場などは、街区の一部または一つの街区を丸ごと使うこともできます。
ここで重要なのは、街区→敷地→建物という順番を意識することです。
建物を先に並べるのではなく、土地の分け方を考えてから建物を置くことで、街並みにまとまりが生まれます。
⑥ 最後に「崩して」みる
ここまで整然とした街をつくったら、最後にあえて一部を崩してみましょう。
現実の都市では、昔からの道路や河川、鉄道、寺社、地形などによって、街区がすべてきれいにそろっているわけではありません。
例えば、古い道路だけ少し曲げる、川沿いの街区を細長くする、駅周辺だけ大きな街区にする、旧市街地には狭い道路を残す、といった変化を加えてみます。
こうすることで、単純な碁盤目状の都市ではなく、その土地の歴史や地形を感じられる都市になります。
最初から完璧な街をつくろうとする必要はありません。
「中心を決める → 幹線道路をつくる → 地区を分ける → 街区をつくる → 敷地と建物を配置する → 必要に応じて崩す」
という順番で進めていけば、都市の骨格を保ちながら、自由に街を発展させることができます。
そして、40×100mや6m・12m・20mといった数字は、あくまでそのための出発点です。最後は、自分がつくりたい都市の規模や歴史、地形に合わせて調整してみてください。
寸法早見表・まとめ
ここまで紹介した内容を、マインクラフトで街をつくる際の目安として整理してみましょう。
| 都市・地区のタイプ | 街区辺の目安 | 道路幅の目安 |
|---|---|---|
| 古代都城 | 100~130m級 | 10~30m級 |
| 城下町・歴史市街地 | 40~120m級 | 5~15m程度 |
| 宿場町・旧街道沿い | 30~100m級 | 4~10m程度 |
| 港町 | 40~120m級 | 5~15m程度 |
| 開拓都市・グリッド市街地 | 80~120m級 | 15~30m程度 |
| 一般的な住宅地 | 50~100m程度 | 5~8m程度 |
| 中心市街地 | 40~80m程度 | 10~20m程度 |
| 工業地 | 100m以上 | 10~30m程度 |
迷った場合は、街区40×100m、道路6m・12m・20mを一つの出発点として考えるとよいでしょう。
ただし、これらの数字に「正解」があるわけではありません。実際の都市でも、地形や歴史、土地利用、交通、都市計画などによって街区や道路の大きさは大きく異なります。
大切なのは、数字をそのまま再現することではなく、「なぜこの大きさなのか」「なぜここにこの道路があるのか」という理由を考えることです。
マインクラフトでは、まず数字を使って都市の骨格をつくり、そこから自分の都市の歴史や地形に合わせて調整してみてください。街区と街路の寸法を意識するだけでも、建物を並べるだけでは生まれない、まとまりのある都市をつくることができます。
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