マイクラで本格的な街をつくろう

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マイクラで街づくりをする方法|歴史設定編

都市 歴史設計 城下町 江戸 明治 大正 昭和 平成 現代

マイクラで日本らしい都市をつくるとき、「建物をどう配置するか」だけでなく、その街がどのように生まれ、どのように広がってきたのかを考えてみると、街づくりがもっと面白くなります。

例えば、昔は城下町だった場所に駅ができ、その周りに新しい市街地が広がり、さらに郊外に住宅地や工場がつくられた――。そんな「街の成長」を考えることで、架空の都市にも自然なつながりが生まれます。

この記事では、架空の日本都市を例に、城下町を出発点として、現代の都市へ成長していく歴史設定の考え方を紹介します。難しい都市史を覚える必要はありません。まずは「昔、この場所には何があったのだろう?」と想像するところから始めてみましょう。

まず「都市の原点」を考える

架空の都市をつくるとき、いきなり現代の街を考えるのではなく、「この街は、もともと何だったのか?」を考えてみましょう。

現在の日本には、大きなビルが並ぶ中心市街地や、郊外の住宅地、工場地帯などがあります。しかし、それらが最初から存在していたわけではありません。多くの都市には、そこから街が広がっていくきっかけとなった「原点」があります。

マイクラで架空の日本都市をつくる場合、この原点を一つ決めるだけでも、街全体を考えやすくなります。例えば、「江戸時代に城下町として生まれた都市」と設定してみましょう。

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もちろん、すべての都市を城下町にする必要はありません。宿場町なら街道、港町なら港、門前町なら寺社など、「なぜ人がここに集まったのか」を考えればよいのです。

「1600年に誰が城を築いた」「1632年にこの道路ができた」といった細かな設定まで考えなくても、「この街は昔、城下町だった」「この川沿いに人が集まった」「街道沿いに町ができた」という程度で十分です。むしろ重要なのは、最初にできた場所を、現在の都市の「中心」として意識することです。

その場所が後の時代にも中心市街地として残っているのか、それとも新しくできた駅や道路によって中心が移動するのか。こうした違いを考えることで、街の歴史と現在の都市構造がつながってきます。

城下町から最初の都市をつくる

都市の原点を「城下町」と決めたら、次はそこにどのような街が広がっていたのかを考えてみましょう。

まず考えたいのが、城と町の位置関係です。城下町では、城の周囲に武士の住む地域があり、その外側や街道沿いには商人や職人が住む町がつくられる、という構成がよく見られました。

マイクラでは、最初から大きな市街地をつくる必要はありません。まず城を置き、その周囲に武家地、さらにその外側に町人地を配置するだけでも、城下町らしい骨格ができます。

次に、街へ入る道を考えます。城下町には街道などを通って人や物が入ってきます。そのため、街の入口から中心部へ向かう道を設定すると、商店街や宿場的な場所などを配置するきっかけになります。道路をあえて曲げたり、城へ簡単には近づけないようにしたりすると、城下町らしい複雑な道路構成をつくることもできます。

さらに、寺社や水路、河川などを加えていきます。これらは単なる飾りではありません。寺社の周辺に人が集まったり、水路が土地の境界になったりすることで、街の形に理由を持たせることができます。

城下町 空想 架空 地図 
1600年頃の城下町の空想地図 緑が町人地、黄が武家地、橙が寺社地 城下町の周囲は基本的に山野や田畑が広がる

ここまでできれば、最初の都市の形は十分です。ポイントは、「城→武家地→町人地→街道・寺社・水路」という順番で考えることです。もちろん実際の城下町はもっと複雑ですが、マイクラで歴史設定を考えるときは、まず大まかな骨格をつくるだけで構いません。

そして、この段階でつくった街が、後の時代にも残っていくことを意識してみましょう。例えば、江戸時代の町人地が、現代では商店街や繁華街になっているかもしれません。昔の街道が、現在の幹線道路として残っているかもしれません。

「昔つくったものが、後の時代にも残っている」と考えることで、単なる古い街の再現ではなく、時間の流れを感じられる都市をつくることができます。

明治時代――基の町の外側に新しい町ができる

江戸時代の城下町ができたら、次は明治時代の都市を考えてみましょう。

ここで大切なのは、明治になったからといって、それまでの町がなくなったわけではないということです。城や武家地、町人地などの古い市街地を残しながら、その周囲に新しい施設や道路、市街地が少しずつ加わっていったと考えると、街の変化をつくりやすくなります。

まず考えたいのが鉄道と駅です。鉄道が開通すると、駅が新しい人や物の集まる場所になります。駅は必ずしも昔からの中心部の中につくられるとは限らず、既存市街地の外側に駅ができることもあります。すると、駅と昔の中心部を結ぶ道路沿いに商店や住宅が増え、新しい市街地が生まれていきます。

マイクラで街づくりをする方法|市街地・鉄道関係編
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また、明治時代には学校や役所、病院など、それまでの町にはなかった近代的な施設もつくられていきました。これらを古い市街地の中や、その周辺に配置してみましょう。

さらに、都市の外側には工場や新しい住宅地ができることもあります。すべてをきれいに整った形で配置する必要はありません。昔からの道路に沿って建物が増えたり、駅の周辺だけ新しい街並みができたりするほうが、むしろ実際の都市らしくなります。

明治 時代 空想 架空 地図 
1900年頃の空想地図 橙は建物が密集している「市街地」である

例えば、城下町の中心部はそのまま商業地として残し、駅の周辺には新しい商店街をつくる。旧街道はそのまま道路として残し、新しい鉄道や道路が別の方向へ伸びていく、というように考えると、都市は一気に変わるのではなく、古い街の上に新しい街が少しずつ重なっていくことが分かります。

大正・昭和前期――郊外へ街が広がる

明治時代に駅や新しい施設ができると、都市は少しずつ大きくなっていきます。そして大正から昭和の初めにかけて、さらに多くの人が都市へ集まるようになると、それまで農地だった都市の外側にも住宅や工場が建つようになりました。

ここで考えたいのが、「新しい市街地をどのようにつくるか」です。農地には、細長い土地や複雑な形の土地があり、そのまま住宅地にすると道路を通しにくい場合があります。そこで、土地の形を整え、道路を新しくつくる耕地整理や区画整理が行われました。

マイクラでは、古い市街地の外側に、これまでとは少し違う規則的な道路網をつくってみるとよいでしょう。古い中心部が複雑な道路網でできているのに対して、新しい住宅地では道路がまっすぐに並んでいるという違いをつくるだけでも、時代の違いが表現できます。

また、この時期には郊外住宅地も発達しました。駅の近くに住宅をまとめたり、緑の多い住宅地を計画したりすることで、都市の中心から少し離れた場所にも新しい生活の場が生まれます。

一方で、都市の外側には工場が進出することもありました。工場は大量の材料や製品を運ぶ必要があるため、鉄道や河川、幹線道路などとの関係を考えて配置すると自然です。住宅地と工場が完全に分かれている必要はなく、住宅と小さな工場が混在する地域があってもよいでしょう。

大正 時代 空想 架空 地図
1930年頃の空想地図

ここで大切なのは、都市の外側をすべて同じように開発しないことです。駅の周辺には住宅地、その先には農地が残り、さらに別の場所には工場が広がるというように、いろいろな土地利用が混ざりながら都市が大きくなっていくと考えてみましょう。

こうして、大正・昭和前期の都市には、古い中心市街地、その周囲の明治期の市街地、さらにその外側の住宅地や工場が重なっていきます。

戦後から現代へ――都市をさらに大きくする

第二次世界大戦が終わると、日本の都市は大きく変化していきます。戦争で大きな被害を受けた都市では、焼けた市街地を復興するために道路や街区が整えられました。また、戦後の人口増加によって住宅が不足すると、都市の外側にも新しい住宅地が次々につくられました。

ここでは、これまでにつくった都市に、戦後の街を付け加えていくと考えてみましょう。まず考えたいのが戦災復興です。

戦災復興都市計画とは?今の都市景観につながる戦後直後のまちづくり
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もし架空都市が空襲などの被害を受けたことにするなら、中心市街地の一部を大きくつくり直してみましょう。古い道路をそのまま残す場所がある一方で、焼失した地域には広い道路や新しい街区が整備されている、という違いをつくると自然です。

昭和 戦災 復興 都市 計画 空想 架空 地図 
1945年の空想地図 空襲により焼け野原と化したが、行政により戦災復興都市計画が起草され、道路拡幅などがおこなわれた。

次に、都市の外側へ住宅地を広げます。人口が増えると、昔からの中心市街地だけでは住宅を収容できなくなります。そこで、農地などを区画整理して新しい住宅地をつくったり、さらに郊外にはニュータウンを開発したりします。

ニュータウンでは、住宅だけでなく学校、公園、商店なども計画的に配置されています。マイクラでも、住宅を並べるだけではなく、学校や公園をまとめて配置してみると、「新しく計画された街」という雰囲気を出せます。

戦後の都市拡大には、人口増加と自動車の普及も大きく関係しています。郊外では区画整理が進み、住宅地や団地、ショッピングセンターなどが次々につくられました。

一方、十分に整備されないまま住宅が密集した地域も残り、現在の木造住宅密集地域などにつながっています。また、路面電車に代わって地下鉄などの新しい交通機関が整備され、駅を中心に新しい市街地が広がる都市もありました。

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都市の別の場所には工業団地をつくってみてもよいでしょう。工場をまとめて配置し、そこへ大型車が出入りできる広い道路をつなぎます。住宅地とは少し離れた場所に置けば、工場のための地区として分かりやすくなります。

現代 都市 計画 空想 架空 地図 
2000年頃の空想地図 高度経済成長期の開発が落ち着き、成熟した都市となっている

ここまでで大切なのは、すべてをきれいに分けすぎないことです。古い中心部の近くには昔ながらの商店街が残り、その外側には戦後の住宅地、さらに郊外にはニュータウンや工業団地があるというように、異なる時代の街が隣り合っている状態をつくってみましょう。

こうして城下町から始まった都市は、鉄道、市街地、住宅地、工場、ニュータウンなどを少しずつ加えながら、現在の大きな都市へ成長していきます。

歴史設定は「街の理由」をつくる

ここまで、架空の都市が城下町から始まり、時代とともに大きくなっていく流れを見てきました。しかし、実際にマイクラで歴史設定を考えるとき、すべての時代を細かく設定する必要はありません。

大切なのは、「この街はいつ、どのようにできたのか」を完璧に決めることではなく、「なぜ今この街がこの形になっているのか」という理由をつくることです。

例えば、

江戸時代に城下町ができた

明治時代に鉄道が開通した

駅の周辺に新しい市街地ができた

大正・昭和期に郊外へ住宅地が広がった

戦後に工業団地やニュータウンがつくられた

これだけでも、その都市には十分な歴史があります。そして、この設定を実際の地図に反映してみましょう。

昔からある中心市街地には古い道路や建物を残し、明治期にできた駅の周辺には比較的新しい商店街をつくる。郊外には区画のそろった住宅地を配置し、そのさらに外側にはニュータウンや工業団地を置く。すると、「それぞれの場所に違いがある理由」が生まれます。

ここで重要なのが、街をすべて同じ雰囲気にしないことです。現実の都市には、古い商店街の隣に新しいビルが建っていたり、住宅地の中に昔からの寺社が残っていたりします。こうした「古いものと新しいものの混ざり方」も、都市の歴史を表現する大切な要素です。

歴史設定に正解はありません。「この都市は城下町だった」という設定から始めてもよいですし、「港町から発展した」「鉄道駅を中心に生まれた」など、別の始まり方でも構いません。

まずは①都市の原点を決める、②時代ごとに新しい市街地を加える、③古いものを少し残す、④現在の街にそれぞれの理由を持たせるという4つを意識してみましょう。

これだけでも、ただ建物を並べただけの街ではなく、「昔から人が暮らしてきた結果、現在の姿になった街」をつくることができます。

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