
こんにちは、えいらくちょうです。マイクラで「永松市」という街をつくっています。
「永松市へようこそ!」シリーズは、永松市にまつわるエピソードを通じて、マイクラでの街づくりに役立つヒントをお届けする企画です。
今回は第4回として、2022年7月からの半年間におこなった開発行為や出来事を綴っていきます。
前回の開発範囲
前回記事↓
本題に入る前に、前回の開発範囲をお見せしましょう。

2022年の前半期は市街地を東方・南方へ拡張させました。また、道路や鉄道高架橋といったインフラ施設も南方へ伸ばしていきました。
旧城郭内で官庁街建設
建築作業
カーブの鉄道高架橋をつくり終わり、7月に入ると、土木から建築に作業内容を切り替えました。初めにつくったのは、国や県、それに関連する組織や機関が入る役所でした。役所の建築物というのはなかなか興味深く、民間のそれとは設計思想が異なると思います。


民間ならば都市計画の用途地域や地区計画などのルールされ守ればどんなデザインにしても怒られませんし、自由です。結局、その民間法人や個人の資金力によるところがあります。しかし、官庁は違います。建築にかかるお金は我々の税金から出ます。なので、建築デザインや公共空間デザインなどが奇抜だったり、高級な建材などを使用してしまうと、もれなく税金の無駄遣いであると批判されかねないのです。
単に設計者の好みで「ここにホール作ろう」「ここに水が流れる階段(カスケード)を作ろう」などと盛り込んでも、しっかり理由を説明して、そこに税金を使う必要があるのかどうかを示さないといけません。だから、そう言う説明や責任を持ちたくないなどの理由から、官庁は民間の建物より多少地味な、ある意味では落ち着いたデザインになるのことが往々にしてあります。
もちろん、今よりもかなり行政の力が強かった戦前における公共建築や、近年の地域活性化を目指している自治体庁舎はその限りではないかと思います。
レクリエーション施設


官公庁に近接する永松駅北西地区内に野球場もつくりました。この頃、永松駅北西の地区は旧城郭であるという設定の下、その周囲に色々と街路を敷いたり建物を建てていました。ただ、城郭内は城郭外と同様に整備するというのは少々リアリティに欠けます。
というのも、城郭内部に民間の建物が高密度に建つことはあまり例がないからです。佐賀城とかは例外ですが、普通は旧城郭は明治維新の時に軍や県などの国家や行政機関に所有権が移ることがほとんどであったことから、戦後は公的な施設が設けられるとことが多いのです。
公的な施設とは、例えば官庁や公園、市民体育館や博物館などが挙げられます。私の場合、官公庁は城郭の三ノ丸に設け、公園や体育館などのレクリエーション施設は二ノ丸に設けようとしていました。
一旦城郭から離れて駅東エリアで都市開発
中規模ビルの建設
旧城郭内における建築作業からいったん離れて、駅南東部の斜め大通り周辺における作業を再開しました。この斜め大通りは、当初は都市内における街路網に変化をつけたかったから設けていました。はっきり言って計画性がなかったと内省していますが、後から「南方から流入する自動車交通を市内中心部方面と駅前方面に分流させるために戦災復興の際に設けた」という設定を考えました。それらしい設定を考えると適当につくったものでも見方が変わるなぁと勝手に考えていました。
ちなみに、茶色の線は軌道(路面電車)です。画像右端付近で道路上から専用軌道になっています。これも都市構造に変化をもたらしたかった故の設計でした。

建築物は以下のような雑居ビルや商店、高級ホテルなどいろいろなものをつくっていきました。駅南東部から市街地南部にかけては、南方に向かうにつれて高い建物から中小規模の建物へと移り変わっていく景観を形づくっていきたいと考えていました。その取っ掛かりといいますか、景観が変わっていく基点の地区として、ここでは比較的高い建物を建ち並べていったのでした。



新幹線ホーム増築など
駅の改修も行いました。まず、新幹線の線形、特に曲線部分に違和感がありました(左下)。この線形だとおそらくかなり速度を落として駅に入ってくる必要があります。技術的な計算はしていませんが、多分時速25kmくらいにまで落とす必要があります。それはあまり現実的でありません。カーブがきつい仙台駅でも時速60kmくらいだったと思います。そこで、時速60~70kmで入線できるような、より滑らかで現実的な線形に改良しました(右下)。


さらに、新幹線ホームの屋根も改良しました。もともとクォーツブロックの屋根だったのですが、仙台駅や大宮駅などのような、ホームがすっぽり覆われている形状のほうが見栄えがよさそうだと感じたため改修しました。外から見ても中から見ても、屋根を支える構造体がはっきり見えるような複雑な構造をつくりました。斜め部材を入れることで耐震化も図りました。カーブ部分は少々苦労しましたが、結果、現実的なものに仕上がったので良かったです。


全景はこんな感じになりました。屋根の屋上部分には駐車場と駅施設が入る事務棟をつくりました。モデルにしたのは仙台駅・大宮駅・岡山駅・博多駅などです。

また、前回紹介した駅ビルの1階部分と地下部分に交通施設を設けました。1階にはバスターミナルを、地下1階は私鉄駅のコンコースを、地下2階には駅のホームを設けました。ただ、この時は私鉄の駅と言っても私鉄そのものの具体的な設定が決まっていなかったので、後に移設することになります。バスターミナルの入る駅ビルも改変される事となります。



再び駅西(旧城郭内)で作業
県庁舎の改修
再び駅西の旧城郭内に戻ってきました。取り掛かったのは、県庁舎の改修です。もともと左下のような真っ黒なビルだったのですが、景観的に問題だと考え、デザインを右下のように一新しました。もともとこのビルは戦前に低層部がつくられ、戦後に高層棟が増築されたという設定でした。いわゆる腰巻ビルです。
もともとの黒いほうは、高層棟が全然低層階とマッチしていないことが分かります。一体感がありませんし黒というのが威圧感すら感じさせます。改修後は、低層部と色合いが合っていますし、高層棟の頭頂部は水色のガラスを使用したことにより、空の色とマッチして軽量感を感じさせます。ちなみに参考にしたのは群馬県庁と香川県庁です。


シェーダーを入れて都市景観を撮影
この頃、シェーダーを入れて景観を撮影することにハマりました。入れた当初、空が本物のようであり、太陽光や影も現実そっくりな様相として世界に広がり、自分の都市が輝いて見えたことを覚えています。当たり前の事ではありますが、バニラの状態だとまさしくゲームの世界そのものなのに、シェーダーを入れるとこれまでの世界の見方が変わる、という感動的かつ印象的な出来事でした。



永松駅西口の開発
先ほどの県庁の向かい、駅の西口の開発も進めました。具体的には商業施設を建てました。東口がビルだったのに対し、西口の施設は低層にとどめました。理由は、県庁や市役所の低層階の階高と一致させ、スカイラインを統一させるためです。東京の大丸有地区や大阪の御堂筋では、ビルの高さをそろえることで良い景観をつくりだしています。永松駅西口地区においてそれを実現したかったため、このような措置をとりました。


さまざまな建築物をつくる
西口商業施設の南隣には家電量販店をつくりました。政令指定都市においては、その中心駅の近隣に家電量販店が存在している事例が多いので、それに倣った形です。

また、家電量販店の南向いや近隣の地区にはさまざまな雑居・オフィスビルをつくりました。後に、再開発によりこれらのビルは移設させたり撤去したりしましたが、この時期においては、駅周辺の雑多な環境を醸し出すのに一役買うような建築物だったなと思います。


駅北東部には国や県などに関連する施設として裁判所(左下)や法務総合庁舎(右下)を建てました。これらの建物は自分の中でも出来が良かったなと感じており、駅北東部の再開発が行われた際には、そっくりそのまま新たな土地へ移設しました。雑居ビルなどはつくるのは容易ですから撤去も厭わないのですが、このような公共施設は一からつくるのがめんどくさいですし、もったいないと感じますね。ちなみにモデルは水戸地裁と宇都宮法務総合庁舎です。


このような感じで、2022年後半の永松市製作は進んでいきました。
まとめ
最後に、今回紹介した開発場所を地図でお見せしましょう。

2022年後半はかなり広い範囲に開発行為が及んだことが分かります。一方、この時期は駅東地域の開発を全然していなかったんだなと、改めて自分でも認識しました。
さて、次回は2023年前半の開発過程をお伝えする予定です。この時期は、永松市のこれまでの開発の歴史において非常に重大な事象が発生しました。次回もお楽しみに。




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